インフルエンザの治療:タミフル編

インフルエンザ
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前回までインフルエンザの診断はどうするか講義をしてきました。

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今回の講義ではインフルエンザの治療について述べていきたいと思います。ということで、インフルエンザの治療薬でもっとも有名なタミフルが、どんな効果があるのか勉強していきましょう。

症例1:28歳女性 インフルエンザ

インフルエンザの流行する冬、あなたが当直する救急外来に28歳女性が発熱、咳嗽を主訴に来院しました。インフルエンザの患者が職場内に発生しており、接触していたとのことで症状からインフルエンザと診断しました。
さて、治療はどうしましょう?
まずは院内薬局に大量に在庫の余っているwタミフル(oseltamivir)を処方しようと考えています。タミフルについて今から患者さんに説明しようとしています。
それでは、正しい選択肢は以下のどれでしょう?

症例1
症例1

「選択肢を一つだけ選んでください。」といわれると意外と悩んでしまいそうですね。タミフルって冬から春にかけて、内科外来や救急外来で最も処方する薬の一つではないでしょうか?では、タミフルで何が正しいのか論文を読んでみましょう。

タミフルの効果の健康な成人や小児に対する治療効果

論文
論文

タミフルほどの有名な薬だと数々の研究があると思います。そこで、まとめとして優秀なコクランのレビューを読んでみましょう。
このレビューは500ページ越えの大作です。うーん、読むのは辛い。
発表された論文のみではなく、発表されていない研究や規制当局からコメントも調べています。死ぬほど大量の論文を読まないといけないので、本当に筆者のグループは大変だったと思います。僕がシステマティックレビューに参加したくない理由はここです。

研究結果
研究結果

方法を細かく説明すると辛いので、「本当に奇特な人が論文たくさん読んでまとめた」としておきましょう。僕もざっと読みましたが、まぁ本当に大変な作業ですね。
結果です。今回のレビューでは107の臨床研究の結果をまとめました。

インフルエンザの症状緩解までの時間

タミフルを内服すると健康な成人男性では16.8時間早く症状が良くなりました。この結果、症状がある期間が7日から6.3日へ減りました。喘息のある小児には効果は認められませんでしたが、他の健康な小児に関しては29時間症状が早く良くなりました。なんか、良さそうな結果ですね。インフルエンザの辛い症状が、これだけ早く治るなら、僕ならタミフル飲もうって単純に思ってしまいます。
ただ、喘息のある小児では効果が認められなかったので、この点に注意が必要です。

入院率について

タミフル内服の有無でインフルエンザに関する成人の入院率は有意差はありませんでした。まぁ、あたり前ですね。というのも、健康な成人でインフルエンザで入院する人は稀だからです。いろいろな研究が載っていましたが、まとめると入院率:タミフル内服群1.4%、非内服群1.8%でした。まぁ、患者数を1万人とか数にものを言わせたRCTを行えば統計学的有意差が出ると思いますが、必要な資金と得られる臨床的知見を考えると実現の可能性はなさそうですね。アラブのお金持ち様、お願いしやす。

インフルエンザによる合併症の頻度について

インフルエンザによる合併症で代表的なものは、肺炎、気管支炎、副鼻腔炎、中耳炎であると思います。
まず、肺炎から。根本的な問題として、タミフルとインフルエンザのよる肺炎の頻度に関する研究で、肺炎の診断のスタンダードである胸部レントゲンを撮られている研究がないという結果でした。患者の自己申告や研究者が勝手に決めたインフルエンザによる肺炎では統計学的有意差があったそうですが、まぁ、だめですよね、そういうの。
じゃ、タミフルによるインフルエンザの肺炎予防の効果がないか、と言われると分からないが正解だと思います。そもそも健康な成人でインフルエンザ後に肺炎になる人が少なすぎるからです。肺炎の頻度はタミフル内服群で0.7%、非内服群で1.7%しかありません(前述の怪しい定義で)。統計学的有意差を出すRCTを行うのは、非現実的ですよね。また、アラブのお金持ち待ちになりました。小児では肺炎の発生率にタミフル内服の有無で有意差は認められなかったそうです。
想像の通り、気管支炎、副鼻腔炎、中耳炎の合併症は健康な成人と小児でタミフルの内服の有無は統計学的有意差は認められませんでした。

タミフル内服による副作用について

タミフルの主要な副作用は吐き気、嘔吐と下痢ですよね。でも、インフルエンザ自体による症状として上記の消化器症状を呈する場合もあります。では、タミフルを内服することで、頻度は増えるのでしょうか?タミフルは健康な成人男性で嘔吐のリスクを1.6倍増やしました(副作用で治療が必要になる人は28人に1人です)。嘔吐は2.4倍に増やしました(治療が必要になるのは22人に1人)。意外と多いですね。逆にタミフルを飲むと下痢は0.7倍に減ります(治療が必要になるのは43人に1人)。
小児ではタミフル内服により嘔吐の頻度が1.7倍になります(治療が必要なのは19人に1人)。タミフル処方時に消化器症状の説明は必要そうです。

タミフル内服による精神症状は?

日本では”タミフル内服による異常行動”は以前ニュースで取り上げられ、非常に怖い薬というイメージが一部にはあると思います。とはいえ、医療従事者からするとインフルエンザ脳症の可能性もあるし、単純にせん妄を起こしている可能性もあります。では、タミフル内服で精神症状が非内服患者と比べて頻度が増えるのでしょうか?
答えは精神症状は両群で差がないでした(タミフル群0.67% 非タミフル群0.74%)。ただし、通常の2倍量を内服した研究では、プラセボ、150㎎(通常量)、300㎎のタミフルでは量が多いほうが精神症状が出やすかったそうです(それぞれ、2人/235人(プラセボ)、 0人/242人(150㎎) 5人/242人(300㎎)という低頻度ですが)。もちろん、小児でも精神症状タミフル内服群非内服群で差はありませんでした。

症例1
症例1

ということで、答えは熱を早く下げることが出来るでした。まぁ、あんまり健康な成人ではインフルエンザで合併症が出ないので、それを予防できるか調べる研究はサンプルサイズの関係でできないんですね。

特別コラム:タミフル内服と小児の異常行動について

タミフル処方するときに必ず説明するのが、小児の異常行動ですよね。実際にそんな患者さんを見たことない(熱せん妄くらいはありますが)ので、よくわかりません。
ということで、こちらを少し深く掘り下げてみましょう。
2012年のAdvances in TherapyからのReviewです。2007年から2010年に1330例のタミフル内服中の精神異常が報告されています。そのうち、42%は日本、16%はUSA、のこりはその他の国となっています。 精神異常は16歳以下が最も多く、治療開始から48時間以内に起こります。主な症状は異常行動25%雑多な精神障害21%幻覚17%です。USAのデータから他の抗ウイルス薬を内服している患者と比較して、タミフル内服患者で精神異常をきたす人が多いわけではないという事でした。また、UKのデータベースでは、インフルエンザ罹患中の患者(タミフル内服と関係なく)は2.18倍精神異常をきたしやすいことが分かりました。こちらでも、タミフル内服で精神異常をきたすわけではなさそうです。

Post-marketing assessment of neuropsychiatric adverse events in influenza patients treated with oseltamivir: an updated review - PubMed
A 2008 review by our group concluded that the risk of neuropsychiatric adverse events (NPAEs) in influenza patients was not increased by oseltamivir exposure, a...

また、小児の自殺とタミフルの関係を調べた研究も紹介します。2018年のAnnals of Family physicianに発表された論文で、アメリカの国の統計を使って、1歳から18歳を対象にインフルエンザの診断、タミフルの内服と自殺が関係があるか調べました。研究期間中に21,407例の自殺を認め、そのうちタミフル内服していた症例は251例でした。自殺とタミフル内服、またインフルエンザの関係を求めましたが、どちらも有意差を認められませんでした

The Relationship Between Oseltamivir and Suicide in Pediatric Patients - PubMed
Our findings suggest that oseltamivir does not increase risk of suicide in the pediatric population.

タミフルの慢性疾患を持つ患者にはどんな効果がある?

今まで健康な成人または小児を対象にした論文を紹介してきました。まとめると、少し早く症状が良くなるという効果のみ認められました。

慢性疾患
慢性疾患

でも、慢性疾患を持つ患者や入院が必要なほど重症なインフルエンザの患者に対してはタミフルは効果が証明されています。

タミフルとインフルエンザによる死亡率の関係について

まず、2007年のClinical Infectious diseaseで発表された論文の紹介。2005年から2006年にかけてカナダの南オンタリオ州の病院でインフルエンザで入院した患者を対象に行われました。地図でいうとアメリカとの国境で五大湖があるあたりです。512人の患者が対象になり、185人の小児では死亡者なし327人の成人では年齢の中央値が77歳75%が慢性疾患を持っていました。59%は発症から48時間以内に病院受診しており、16%はICUに入室しています。8.3%の患者は発症15日以内に死亡してしまいました。タミフル内服群では死亡率が減少しました(オッズ比0.21)。一方、生存者の在院日数には影響を与えませんでした。

Antiviral therapy and outcomes of influenza requiring hospitalization in Ontario, Canada - PubMed
There is a significant burden of illness attributable to influenza in this highly vaccinated population. Treatment with antiviral drugs was associated with a si...

タミフルと小児慢性疾患をもつ患者のインフルエンザの合併症ついて

次は2009年のPediatricsから、慢性疾患を持つ小児患者を対象にタミフル内服とインフルエンザによる合併症を調べた論文を紹介します。インフルエンザと診断されて1日以内にタミフルを内服した患者と、内服していない患者を比較しました。タミフルが内服された患者1634人の患者と、3721人の内服していない患者が含まれました。
インフルエンザと診断されてから14日以降に肺炎と診断された人は、タミフル群で1.0%、非タミフル群で1.9%ですが、統計学的有意差は認められませんでした肺炎以外の呼吸器感染症はタミフル群で19.8%、非タミフル群で23.8%で、26%リスクが減少しました。すべての原因の入院率はタミフル群で0.6%、非タミフル群で1.3%と67%入院のリスクが減少しましたが、入院理由を呼吸器感染症に限定すると頻度が少ないため統計学的有意差を認めませんでした。

Effects of oseltamivir on influenza-related complications in children with chronic medical conditions - PubMed
When it was prescribed at influenza diagnosis, oseltamivir was associated with reduced risks of influenza-related complications and hospitalizations for childre...

タミフルに関する論文は様々なものが発表されています。興味がある方はPubmedなどで検索してみてください。

タミフル処方する人の適応は?

タミフルの効果をまとめると、健康な成人、小児では症状が1日程度早く良くなります。合併症の予防効果は頻度が低いため、よくわかりません。タミフルを内服することで嘔吐や吐き気の副作用が多くみられますが、精神症状は増えるわけではないようです。
タミフルは慢性疾患の患者や重症なインフルエンザの患者では効果が認められているみたいです。
では、どんな時に処方するように推奨されているのでしょうか?

タミフル適応
タミフル適応

まぁ、アメリカならこうなりますよね。CDCの推奨通りに処方すると、日本でもほとんど処方する機会がなさそうです。そもそも、病院へのアクセスが悪いので、インフルエンザの症状で病院受診する人も地域によっては少ないと思います。
日本とは医療システムというか社会のシステムが違いますよね。

Antiviral agents for the treatment and chemoprophylaxis of influenza --- recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) - PubMed
This report updates previous recommendations by CDC's Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) regarding the use of antiviral agents for the preventi...
実際の処方
実際の処方

じゃ、実際、どうするんだと言われると、僕ならタミフルを処方すると思います。厳格な人たちはそうじゃない人もいると思います。でも、僕は自分や家族がインフルエンザになったら、100%処方しますね。なので、患者さんにも処方する方針です。
ということで、タミフルにまつわるエビデンスの講義を行ってきましたが、実際のpracticeは個々人の考え方や施設の方針でお願いします。

ということで、今回の講義はどうでしたでしょうか?
この内容はYoutubeにしてあるので、お時間がある方はご視聴をお願いします。

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