インフルエンザ:診断編(臨床診断による)

インフルエンザ
この記事は約12分で読めます。

秋の終わりから春にかけてインフルエンザが本当に流行して、毎日大変ですよね。インフルエンザは医者からすると非常に診断が簡単で、対応もルーティン化している人が多いと思います。さて、ここは「こっそりEBM勉強会」として、本当に何が”エビデンス的”に正しい医療なのか?を突き詰めていきたいと思います。ただし、エビデンスはエビデンスを越えないので、実際の診療はそれぞれの状況を加味しながら行ってくださいね。
ということで、今回はインフルエンザの診断について迫っていきたいと思います。

症例1:28歳 女性 咳嗽 発熱

あなたが当直している救急外来に28歳女性が発熱を主訴に来院されました。季節は冬も近づき、巷ではインフルエンザが流行しだしています。

症例1
症例1

職場内でインフルエンザが発生しているため、インフルエンザ感染者と接触している可能性が高そうです。そうすると、時期を考えるとインフルエンザを第一に考えてしまいますね。
患者さんは特記すべき既往歴なし。内服薬なし。アレルギーもありません。熱が38℃あり、軽度脈が速い程度で問題ありませんでした。身体所見上、鼻閉のみで特記すべき所見は認めませんでした。

まぁ、インフルエンザが周囲で発生している以上、インフルエンザかどうかって気になりますよね。インフルエンザだと会社休むなどの連絡が必要になったり(熱だけで休めない職場もたまにあります。僕もたまにロキソニン飲んで働いてますw)と生活面での配慮が必要になるかもしれません。
さて、インフルエンザの診断ですが、症状や身体所見のみで診断しますか?迅速検査等を使って診断しますか?
エビデンスではどちらが正しいのか、探っていきましょう。

インフルエンザの基礎知識

毎年、日本ではだいたい1000万人以上の患者さんがインフルエンザに罹患しているそうです。時期は11月からインフルエンザの患者が発生し、だいたい4月ごろに収束します。
この時期は病院はインフルエンザで大混雑してしまいます。

インフルエンザの症状
インフルエンザ

インフルエンザの症状は、いわゆる感冒症状で、発熱、咳嗽、鼻閉、脱力、食欲低下、頭痛、筋肉痛などがみられます。こう並べてみると、普通のウイルス感染と変わらないような気がします。うーん、そう聞くと症状から診断するのが難しそうですね。

インフルエンザの診断は症状で?それとも検査?

さて、インフルエンザの診断方法ですが、臨床診断のみで行うか、迅速検査で行うのかという問題があります。エビデンスでは、どちらのほうが良いとされているのでしょうか?

インフルエンザの診断は症状から~成人編~

インフルエンザの診断は身体所見や症状から、どの程度可能か調べた研究があったので紹介したいと思います。JAMA Internal medicineで2000年に発表された研究を紹介します。Zanamivirというインフルエンザの薬のRCTのデータを用いて、臨床症状や症状のうち、最もインフルエンザ感染を示唆する所見はどういったものなのか調べました。

対象は12歳以上で、発症から2日以内で発熱、熱感や悪寒がある人で、頭痛、筋肉痛、咳嗽、咽頭痛の少なくとも二つ以上の症状を持っている人を対象に行われました。対象患者のウイルス培養、インフルエンザの抗体価の上昇またはPCRで、インフルエンザ感染の有無を調べました。このウイルス培養やPCRが全例にちゃんとされているのか、という点が、インフルエンザの研究において非常に重要になってくるので覚えておいてください。インフルエンザ感染を予想するのは、どういった症状や患者背景なのか統計解析を用いて調べました。

結果

1994年から1998年の秋から冬にかけて行われた研究において、上記の”インフルエンザ様”の症状を呈していた患者の66%がインフルエンザでした。なんか予想より少ない気がしませんか?この時期に上記の症状の人が外来に来たら、「まぁ、インフルエンザでしょう。」と診断してしまいそうですよね。

症状

インフルエンザの典型的な症状は発熱とぐったりしていて(虚弱のこと)、筋肉痛と考えがちですが、この時期にインフルエンザ以外の感染症でもほぼ同様の症状が起きます。個人的には筋肉痛はインフルエンザに特徴的と研修医の頃に覚えた気がしますが、ちょっと違いそうです。また、面白い点は培養検査等のインフルエンザと診断された人の68%しか、診察時に37.8℃以上の発熱を認めませんでした。すると、診察時に熱がないから、インフルエンザではないとは言えないんです。そして、統計解析ですが、発熱と咳嗽が最もインフルエンザを予測する因子として選ばれました。発熱と咳嗽が診察時にそろっていた患者は、インフルエンザでは66%でインフルエンザ以外では30%でした。確かに差がみられますが、これだけでは症状よりインフルエンザを診断するのは無理ですよね。この研究は12歳以上の患者を対象にして行われましたが、成人では症状から診断するのは難しいという結果になりました。では、小児ではどうでしょうか?

Clinical signs and symptoms predicting influenza infection - PubMed
When influenza is circulating within the community, patients with an influenza-like illness who have both cough and fever within 48 hours of symptom onset are l...

インフルエンザの診断は症状から~小児編~

では、前の研究では成人を対象にした研究でした。では、インフルエンザの症状で小児は診断できるのでしょうか?研究する前から小児の症状は評価が難しいと普段から感じているので、あまり期待できないなぁという気持ちがしてしまいます。
次に紹介するのはClinical Infectious Diseaseから2006年に発表された論文です。前の研究と同じように、この研究もインフルエンザの治療薬のRCTのデータを用いて行われました。
この研究では5~12歳のデータをzanamivirのRCTから、1~12歳のデータをoseltamivir(タミフル)のRCTから用いています。研究対象者はインフルエンザの流行している週で発熱があり、症状が発症してから36~48時間以内の人です。この研究でもちゃんと、ウイルス培養、インフルエンザの抗体価の上昇または、PCRで確認された場合のみインフルエンザと診断しています。

結果
結果

結果です。zanamivirの研究での5-12歳児のデータを用いて、どの症状が非インフルエンザ患者とインフルエンザ患者で有意差があるか調べてみると、咳と発熱のみであり、陽性的中率は83%でした。タミフルのデータを用いると5-12歳児では咳のみが有意差があり、陽性的中率は咳のみでは70%でした。咳と発熱を組み合わせても陽性的中率は変わりませんでした。
ちょっと、これだけでは分かりにくいですね。簡単にいうと、5-12歳児がインフルエンザの流行しているシーズンに来院して、発熱と咳嗽を伴っている時、インフルエンザの可能性は70~80%という結果でした。感覚的には、全例インフルエンザだと診断しちゃいそうなんですけどね。

次にタミフルのデータで1-4歳児を対象にすると、どの症状も有意差がありませんでした。5-12歳児と同じように咳と発熱を選んだ場合、陽性的中率は64%でした。
つまり、インフルエンザの流行している時期に来院した1-4歳児で発熱と咳が来院時認められた場合、インフルエンザの可能性は64%であるとのこと。うーん、他のウイルス感染症と鑑別はできなさそうです。
ちなみに、インフルエンザの流行している時期に発熱の認められた患者はインフルエンザと診断してしまいそうですが、5-12歳児では69~79%、Ⅰ-4歳児では65%のみしかインフルエンザの可能性がないそうです。受診時に熱が出ていないインフルエンザの患者も多いんですね。

Symptomatic predictors of influenza virus positivity in children during the influenza season - PubMed
The results of these studies suggest that, during the influenza season, symptomatic predictors of influenza virus infection are applicable to identification of ...

おい、俺はインフルエンザのエキスパートなんだよって人の診断は?

たまに”患者さんの病歴、症状と身体所見をとれば、インフルエンザくらい正しく診断できる”と主張する先生がいたりします。そういったエキスパートの先生のいうことは正しいのかもしれません。
みなさんも、Nが~例でとか、統計学的有意差が・・・とか言っているので気が付いているのだと思いますが、臨床研究はそういった超人的なエキスパートの能力を想定しているというより、一般化できるように参加している医師の能力は普通だという仮定の下行われていることが多いです。まぁ、そうじゃないと、○○先生が診断したら陽性的中率は100%だっていう研究結果を発表しても、うちの病院に○○先生いないよってなってしまうので、ほとんどの医師にとって意味のない研究結果になってしまいます。
では、インフルエンザをよく診るエキスパートの診断能力があれば、正しく診断できるのか定量している論文はないのでしょうか?ここで面白い論文を紹介したいと思います。

研究結果
研究結果

この論文は当院で採用している迅速検査の診断性能について研究しています。この研究は福岡の6つの小児科医院で行われました。開業医さんなので、インフルエンザの子供をたくさん診察していそうですね。このため、この開業医さんを僕はインフルエンザのエキスパートと仮定しました。研究では、この開業医さん達にインフルエンザを疑われた患者が対象に選ばれています。その後、全例でPCRやウイルス培養などでインフルエンザの感染の有無を調べています。結果、エキスパートの小児科医によってインフルエンザを疑われた患者のうち、63%しか本当にインフルエンザではありませんでした。この研究では、「疑ったのは、いつか?診察前?それとも診察後?」などが記載されていないので分かりません。問診票のみで診断したのか、身体所見も含めて診断したのか不明です。ただ、論文から想像すると、この迅速検査を施行した人すべてにPCRやウイルス培養などの追加検査しただけの研究な気がするので、身体所見をとった後な気がします。
いずれにしろ、身体所見や症状のみで正しくするのは難しいんだなって思ってしまいました。

咽頭後壁のリンパ濾胞はどうなんだ?

主に総合診療の知識があったりする先生から、”インフルエンザの診断では、咽頭後壁のリンパ濾胞をチェックするように”と指導された経験のある人も多いと思います。
では、咽頭後壁のリンパ濾胞って、どの程度の診断に寄与するのでしょうか?

リンパ濾胞
リンパ濾胞

論文の内容は、「87名のインフルエンザ様の症状がある人で特徴的な咽頭後壁のリンパ濾胞が認められた23人は感度100%、特異度97%でインフルエンザを正しく診断できた。」という内容です。これだけ聞くと、一見すごい研究だって思ってしまいます。では、内容を少し細かく見ていきましょう。

研究の疑問点
研究の疑問点

論文を読んでいると、「インフルエンザがすごい流行したのでPCRが出来なかった」このと言い訳が永遠と述べられています。つ、辛い。読むの辛すぎる。イントロが長かったり、言い訳が多い論文は、○○な論文の特徴ですよね
内容を細かく検討しても良いのですが、この研究に認められる根本的な問題について述べてみましょう。

①ウイルス培養等の検査を対象者全員に行っていない

まず、ウイルス培養等のインフルエンザにゴールドスタンダードな検査が、対象患者全例に行われていない。迅速検査は感度が低いため、見逃しが多いことが知られています。この時点で、インフルエンザの診断系の論文では、レビューの対象を外れてしまい、いわゆるガイドラインに載ることはできなくなります。PCRは行われているのですが、迅速検査で陽性の患者のみです。誰も研究をアドバイスしてくれる人はいなかったのでしょうか?

②対象患者が絞られすぎている

また、対象患者は、発熱+症状が2つ以上ある患者に絞られます。先に紹介した論文を読んでもらうと分かりますが、基本、この基準だと、本当にインフルエンザを感染している人全体の6~7割以下しか対象にしません。来院時に熱のないインフルエンザはどうするのでしょうか?

③リンパ濾胞の有無を決めた時に、迅速検査の結果を知っていた可能性がある

「迅速検査で陽性なのを確認してから、診察してリンパ濾胞の有無を決めたのか」または、「迅速検査の結果を知らずに(つまりブラインドで)、診察してリンパ濾胞の有無を決めたのか」書いてない、分からないっていう重大な問題があります。もし、迅速検査の結果を知ってから、リンパ濾胞の有無を診察していたらダメですよね

④迅速検査陰性でも実はインフルエンザに感染している患者を見逃している

迅速検査で陰性なら、PCRしないので、インフルエンザ陰性と診断しています。迅速検査は感度が低いので、迅速検査陰性の中にインフルエンザの患者が多数いるので、この研究の結果の正確性が分からない状態になってしまいます(ここは次回に解説します)

⑤リンパ濾胞の臨床診断基準が難解

リンパ濾胞の診断方法で“Miyamoto’s 2007 Criteria”って出てくるのですが、僕の臨床能力が低いためか、まったく区別できません。(つまり、リンパ濾胞の違いが分かりにくい)。

Reviewerをたまにやってますが、この論文が送られてきたら、Rejectです。
そもそも、診断のゴールドスタンダードであるPCRなどの検査を前例に行っていないのと、迅速検査の結果が診察医にブラインドだったのか明記していない時点でダメですね。
その結果、General Medicineに掲載されました。General Medicineが悪いわけではないですが、いわゆる感染症のガイドラインに影響を与えそうな有名紙ではない雑誌という点が重要です。
つまり、感染症の専門家には読まれないし、ガイドラインにものらない。
(このGeneral Medicineって、日本プライマリケア学会の雑誌なんですね。失礼しました。)
この研究にはこのような致命的な欠点が存在するため、有名雑誌に掲載されることはないんですね。

Posterior Pharyngeal Wall Follicles as Early Diagnostic Marker for Seasonal and Novel Influenza
Access full-text academic articles: J-STAGE is an online platform for Japanese academic journals.

リンパ濾胞の論文のその後

このインフルエンザのリンパ濾胞ですが、その後、アイリスというベンチャー企業と一緒になり、AIを用いた画像診断を行う研究を始めたそうです。

TechCrunch
TechCrunch | Reporting on the business of technology, startups, venture capital funding, and Silicon Valley

なんか、いい予感がしないのは、僕だけでしょうか?AIによる画像診断っていう時点で、普通の医師がみてもリンパ濾胞の区別がつかないってことを言っちゃっている気がしますが、、、

『学術とビジネスを熟知した医師が塩野義製薬のアイリス株式会社への投資を極めてキナ臭い話と考える理由』
<要約>・塩野義製薬がAIによるインフルエンザ診断機器の開発を進めるアイリス株式会社に12億円を出資し約14%の株式を取得した(2019/5/7 日本経済新聞…

ここで、有名な 原正彦 先生のブログを紹介しましょう。もし僕だったら、研究デザインをきちんと練り直して、再度臨床研究を行うと思います。でも、ちゃんとしたデザインで有意差が出なかったら、このAI画像診断のプロジェクトがなくなっちゃうので、やらないでしょう。 リンパ濾胞の研究は、今後も注目していきたいですが、残念な方向へ進んでいる感じがします

今回のまとめ

まとめ
まとめ

ということで、臨床診断のみで熱が出ていて典型的な症状がある人をインフルエンザを診断した場合、診断があっている可能性はだいたい60%~70%くらいという結果でしょうか?じゃ、迅速検査では、どの程度診断率があるんだと疑問に思った人は、次の記事を参照ください。
長くなってしまったので、迅速検査の診断率とまとめは次回にしたいと思います。
ちなみに今回の内容を動画にしてありますので、お時間がある方は参照してみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました