インフルエンザ:ワクチン編

インフルエンザ
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インフルエンザの最も有効な予防法はワクチン接種!と常識的に医療者は知っていると思いますが、では、実際、何に対して、どの程度有効なのでしょう?
分かっているようで、あまり分からない事項、、、このブログの得意分野でありますので、ここで少し深く迫っていきたいと思います。

インフルエンザワクチンの歴史について

まずはインフルエンザワクチンの歴史(日本で)から。「ワクチン絶対反対!」っていう人にたまに臨床で出会うと思いますが、「何故?この人はこう感じるのだろう」って理解するのに必要なので触れていきたいと思います。
ちなみに、開発の歴史を知りたいっていう方は、こちらをどうぞ

インフルエンザワクチンの歴史
J-STAGE

日本のインフルエンザワクチン接種が始まったきっかけ

インフルエンザワクチンの歴史
インフルエンザワクチンの歴史

インフルエンザワクチンの集団接種が始まったのが、1962年です。1957年にアジアかぜ(インフルエンザA型)が流行し300万人の感染者を出したのがきっかけです。300万人?って聞くと、そんな大した数字ではないですが(2018年度の患者数は1400万人と言われています)、死者数が5700人と非常に多かったです。そこから約30年間、学童に対してインフルエンザワクチンの集団接種が行われました。

インフルエンザワクチンの集団接種に関する議論

その後、学童生徒に対して集団接種を行うことに様々な議論が行われました。「生徒全員に対するワクチンの強制接種は人権問題である」、「ワクチン接種しても、インフルエンザの流行は抑圧できない」など、否定的な意見がマスメディアによって拡散されていきました。
また、当時使われていたインフルエンザワクチンは、ウイルス粒子そのものを不活化した全粒子ワクチンでした。副反応(発熱や神経症状など)が起きやすく非常に評判が悪いかったです。
たまに、病院で高齢な方に「インフルエンザワクチン接種はしたほうがいいですよ」って勧めたりすると、「あれを打つと熱が出るし、ふるえも出て体調が悪くなるので嫌じゃ」って言われたりします。集団接種始めた当初のイメージが残っているから、そう言われるのですね。

それに加えて、「インフルエンザに感染するのは本人の責任である」という個人防衛の考え方をする人も増えてきました。
こうして、1980年代後半からワクチン接種率が急激に低下していったのです。

インフルエンザ集団接種が事実上なくなってから、何が起きたのか?

ここで2001年にNEJMで発表された論文を紹介したいと思います。1949年から1998年にかけて、アメリカ日本冬季のインフルエンザと肺炎による死亡率インフルエンザワクチンの接種率と、どんな関係にあったのか調べました。
アウトカムであるExcess deathsは、年の平均と比較して、インフルエンザの流行する11月から4月まで増えた死亡率ということです。

結果です。日本でアジアカゼが流行する1957年ごろはインフルエンザワクチンの接種率も低く、肺炎とインフルエンザによる死亡率は高かったです(20人/10万人あたり)。1962年から学童に対する集団接種が始まり、ワクチン接種率も上昇してきました(200人/1000人あたり)。ワクチン接種率が上昇してくると、肺炎とインフルエンザによる死亡率も低くなりました
しかし、先の段落で説明したワクチンに関する様々な議論が起こってきたため、1980年後半よりワクチン接種率が低下してきました。
そして、1994年のインフルエンザワクチンが任意接種になったあたりには、ワクチン接種率も50人/1000人以下になり、インフルエンザによる死亡率が再上昇してしまったのでした。

アメリカ
アメリカ

一方、アメリカはどうだったのでしょうか?アメリカはインフルエンザと肺炎による死亡率は日本より低いですね。アメリカで本格的にインフルエンザワクチン接種が始まったのは、日本と同じ時期です。当初は日本のほうがインフルエンザワクチン接種が高かったのですが、1990年代からアメリカのほうがインフルエンザワクチン接種率が高くなっていきます。それにつれて、インフルエンザと肺炎による死亡率がワクチン接種開始する前と比較して、低い状態が維持できていました。

The Japanese experience with vaccinating schoolchildren against influenza - PubMed
The effect of influenza on mortality is much greater in Japan than in the United States and can be measured about equally well in terms of deaths from all cause...

この論文の意味すること

非常に興味深い論文ですね。
さて、ここインフルエンザと肺炎による死亡率と出てきますが、いったい、どんな人がなくなっているのでしょうか?論文には統計のみしかないので、細かい情報が載っていませんが、一般的には高齢者と2歳以下の乳幼児です。
この論文は、「インフルエンザワクチン接種をする目的は、免疫の弱い高齢者や乳幼児を助けることだ」と言っていると感じるのは僕だけではないでしょう。

インフルエンザワクチンに関するエビデンス

インフルエンザワクチン接種に関する日本の歴史を学んだ後は、実際インフルエンザワクチンはどの程度、効果があるのか一つ一つ学んでいきましょう。

インフルエンザワクチン:小児編

インフルエンザワクチンは子供にどの程度効果があるのか?

NEJMから2013年に発表された論文で、4価のインフルエンザワクチンの有効性を調べたRCTです。

研究
研究

今までのインフルエンザワクチンは3価(インフルエンザAのワクチン2つとインフルエンザBのワクチン1つ)でしたが、今回は新しくインフルエンザBのワクチンを2つ足したものの有効性を調べました。

研究
研究

場所はバングラディッシュなどの途上国で3歳から8歳児を対象にして行い、4価のワクチン投与群とコントロール群(こちらはA型肝炎ウイルス)に分けて、PCRで確認したインフルエンザ陽性率を比較し、インフルエンザワクチンの有効性を検討しました。
先進国で同様の研究をやろうとすると、「そんなことをせずにインフルエンザワクチンを打ってくれよ」と言われちゃいそうです。ワクチン接種が経済的な理由でできない途上国でしか行えない研究ですね。

結果
結果

その結果、患者は全体で1万人程度集まりました。インフルエンザに罹患した人はインフルエンザワクチン接種群で62人/5220人で、コントロール群で148人/4777人でした。Attack rateが2.4%と5.7%なので、ワクチンの有効性は59.3%、つまりワクチン接種によりインフルエンザになる人がだいたい半分程度になったということです。Attack rateとは、対象期間内に何人感染症にかかったのか示しています。
39℃以上の発熱、医師が確認した中耳炎、肺炎、インフルエンザ脳症などの重症な合併症の頻度は、ワクチン投与群で0.62%、コントロール群で2.4%で、このような重症な症状は74.2%減らすことが出来たという結果でした。

まとめ

まとめるとインフルエンザワクチンは小児で60%くらいインフルエンザの発症を予防できたという結果でした。
ただし、ワクチン投与群でもインフルエンザに発症する人がいます(当たり前ですが)。
でも、重症な症状も減らすことができました。

Just a moment...

インフルエンザワクチンで小児の死亡は減少するのか

次はPediatricsから2017年に発表された論文を紹介してみましょう。ワクチンの接種がインフルエンザによる死亡を減らすのかアメリカの小児の統計を用いて検討しました。

方法
方法

2010年から2014年のインフルエンザが流行する時期に、アメリカで6カ月以上18歳未満の児童を対象に行いました。まず、インフルエンザ関連しての感染を確認されて死亡し症例を全米の統計から集めました。そして、その死亡症例のワクチンの投与状況とリスク状態(喘息、慢性肺疾患、神経疾患、心疾患、内分泌疾患、代謝性疾患、腎疾患、肝臓疾患、免疫抑制状態、妊娠)を調査しました。
ワクチン投与群をインフルエンザ発症14日前までに投与した人と決めて、死亡した症例ののワクチン投与接種率と公表されている統計の接種率を比較し、インフルエンザワクチンがどの程度インフルエンザ関連死を防げるのか検討しました。

結果

研究を行った4年間のうち、インフルエンザ関連の死亡症例は358例ありました。死亡した症例のうち75人(26%)はインフルエンザワクチン投与が確認されました。
公表されている児童のワクチン接種率は48%だったため、ワクチンのインフルエンザ関連死を防ぐ有効性は65%であると計算されました。
また死亡症例にハイリスク患者は153人含まれておりました。ワクチン投与率は31%。
その結果、ハイリスク症例に対するワクチンのインフルエンザ関連死を防ぐ有効性は51%と計算されました。

まとめるとインフルエンザ関連死自体は非常にまれでしたが、インフルエンザワクチン投与により65%程度予防することが出来るという結果でした。
ただし、インフルエンザワクチン投与群にも死亡例がいることを覚えておいてください。

Influenza Vaccine Effectiveness Against Pediatric Deaths: 2010-2014 - PubMed
Influenza vaccination was associated with reduced risk of laboratory-confirmed influenza-associated pediatric death. Increasing influenza vaccination could prev...

インフルエンザワクチン:成人編

インフルエンザワクチンは成人の入院を防げるのか?

さて、次はインフルエンザワクチンの成人に対する効果を調べていきましょう。
2018年にThe journal of Infectious Diseaseから発表された論文を紹介したいと思います。

方法
方法

この研究は少し難しいデザインです。僕も初めてこの論文で知りました。
まず2015年から2016年にかけてこの研究が行われ、アメリカの8つの病院で18歳以上で急性の肺炎などの呼吸器感染症、感染による全身症状、または呼吸器症状+意識障害で入院した症例を対象にしました。患者群をPCRを用いてインフルエンザ感染しているか調べました。
ワクチン投与の有無で患者群を分けて、インフルエンザの感染率をワクチン接種群と非接種群で比較し、ワクチンの有効性を検討しました。
何故、こんなに難しいことをしているのかというと、アメリカで成人のワクチン接種率が分からないからだと思います。

結果
結果

研究にはインフルエンザ感染が確認された患者236人、インフルエンザ陰性患者1231人を対象に行われました。インフルエンザワクチン接種率はインフルエンザ患者で50%、非インフルエンザ患者で70%でした。
そこで並び替えると、ワクチン接種済みの患者インフルエンザになる率は12%ワクチン接種していない場合には24%でした。
そうすると、インフルエンザワクチンの入院を防ぐ有効性は51%となりました。

注釈:Test-negative case control designについて

この研究デザインが僕は完全に理解できないのですが、以下のように理解しています。
まずは特徴から、
前向きコホート研究の場合
前向きコホート研究の場合は、まず初期にワクチンの接種状況が分かる集団を用意する。それを追跡して、インフルエンザに罹患して入院したか調べる。
ただし、この場合には、2つ難しい点があります。
①事前にワクチン接種状況が分からないと始められない。
そのため、アウトカム(インフルエンザで入院)が非常にまれな場合には、相当大規模な研究になる(アラブのお金持ちが必要という事)。
②本当にすべての症例がインフルエンザに罹って入院が必要な時に、医療機関を受診したか分からない。(医療機関に受診しないドロップアウトした患者がいた場合にはアウトカムが分からなくなる)

この点を解決するために、Test-negative case control designでこの研究は行われています。
Test-negative case control designの特徴:
①今回の研究において、呼吸器感染症のため入院した人を対象に行っているため、医療機関の受診行動が似ている。(病院にちゃんと行く人を対象にしており、患者背景は似ているだろう)
稀なアウトカムでも症例を集めやすい
ということで、ワクチンの研究の世界では標準的な研究デザインのようです。(僕の専門と違うので、にわか知識ですみません)

今回の結果の解釈の仕方:
ということで、今回の研究の解釈の仕方ですが、
①今回の対象患者は呼吸器感染症で入院した人
ワクチン非接種群がインフルエンザワクチンを打っていたら、ワクチン接種群と同じくらいにインフルエンザの感染率がなるはずだ
③このため、ワクチン非接種群からインフルエンザ罹患した患者が減るはずだ。
④とすると、インフルエンザが原因で入院しているから、ワクチン非接種群の入院患者が減るはずだ。
⑤まとめると、インフルエンザワクチン投与により呼吸器感染症で入院する患者が減るだろうということになる。
上記のような考え方で結果の解釈をすればよいかなと思っています。
こうやって少しずつ考えていかないと、何をやっているのか分かりづらい研究デザインですね。
という、いつも通り誰得な研究の説明でした。あ~読み飛ばさないで~。

まとめ
まとめ
Prevention of Influenza Hospitalization Among Adults in the United States, 2015-2016: Results From the US Hospitalized Adult Influenza Vaccine Effectiveness Network (HAIVEN) - PubMed
During the 2015-2016 US influenza A(H1N1)pdm09-predominant season, we found that vaccination halved the risk of influenza-association hospitalization among adul...

インフルエンザワクチンの副反応について

と、今まではインフルエンザワクチンはいいよって話をしてきましたが、「先生、副作用が怖くて嫌です。」という人を説得できないですよね。
インフルエンザの歴史のところで説明しましたが、昔のインフルエンザワクチンは不活化したウイルスを使っており、全粒子ワクチンで副反応(ワクチンではこう呼ぶらしい)が多くみられました
当時のワクチン接種を思い出して、嫌がる高齢者の気持ちはよくわかります。
ただし、現在はHAワクチンと呼ばれるもので、卵にインフルエンザウイルスを接種し、増殖させ、取り出し、その一部を不活化したもので、副反応がほとんどみられません
では、実際の頻度はどうでしょうか?

HAワクチンの副反応の頻度について

副反応
副反応

インフルエンザワクチンの副反応はだいたい52万人に1人の割合で起こります。39℃以上の発熱が最も頻度が多いですが、それでも1306万人に4人。ワクチン接種する場合には、アナフィラキシーの注意などを説明すると思いますが、実際にアナフィラキシーになったのは1306万人で1人だけなので、非常に稀であるということが出来ます。

厚生労働省:予防接種後副反応報告書集計報告書(平成18年度)

とはいっても、副反応が出てしまった場合は、どんな補償がされるの?

補償
補償

インフルエンザワクチン投与により、万が一何か重症な副反応が起こってしまった場合にはどうしたらよいでしょうか?インフルエンザワクチンは任意接種なので補償の制度が一般のワクチンとは異なりますが、上記の”医薬品副作用被害救済制度”が利用できます。
かかった医療費は自己負担額はすべて補償対象になります。
詳しくは下記をご参照ください。

医薬品副作用被害救済制度
【一般の方へ】医薬品副作用被害救済制度とは、医薬品の副作用により患者が入院や死亡した際、独立行政法人医薬品医療機器総合機構が救済給付を行います。

最後に:インフルエンザワクチンを正しく勧めよう!

まとめ
まとめ

やっぱり、世間にはそれでも様々な理由でワクチン接種が嫌だって人はいると思います。
でも、これは日本固有の問題ではないんですね。
2019年にWHOが発表した10つの健康の脅威の中にエボラと並んでワクチン接種をためらうことが入っていました。世界的にみられている現象のようです。
このブログを読んだ人は、ぜひ次にインフルエンザワクチンを接種していない人にあったら、ワクチン接種を正しく勧めてみてください。
ワクチンを接種したところで、インフルエンザに罹らないわけではないですが、かかったとしても症状は軽くなります。
僕はワクチン接種の本当の目標は「個人の感染防御」ではないと思っています。
本当の目的は、インフルエンザで死んでしまうかもしれない「高齢者や乳幼児や妊婦を含むハイリスク患者」を守ることでしょう。
インフルエンザワクチンが任意接種から定期接種に戻されることを希望します。

今回の講義も動画にしてあります。
もし、お時間がある方がいれば、よろしくお願いいたします。

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