お久しぶりです、お元気でしたでしょうか?
最近は科研費やら、他のことをやっていたりなど、全然、心電図の講義を作るのが進んでいなかったので、これはこれでストレスでした。
作り出したら、作り出したで、時間に追われたりするんで、ストレスではあるんですけどね。
でも、誰かの何らかの役に立つって思うとやる気が出てきます。
というわけで、今回もやっていきましょう。
症例:20歳 女性 入院時の検査
あなたが内科病棟で勤務していると、精神科に入院する神経性食欲不振症の患者さんの心電図を見てほしいと同期の精神科ローテ中の研修医から連絡を受けました。
心電図を示します。どんな所見がみられますか?
うーん、徐脈ではありますが、パッと見て分かるST上昇等はなさそうです。
では、P波との関係をみるために、Ⅱ誘導を拡大してみましょう。
こちらはⅡ誘導の拡大です。どんなによく見てもP波が分からないですね。その代わり、R波が規則正しくみえています。QRS間隔の幅は3mm以下なので狭いです。
心拍数を計算してみると、1500/33=だいたい45bpmで、徐脈であると言えます。
さて、この心電図は何の心電図なのでしょうか?
この心電図は房室接合部調律の心電図でした。
房室接合部調律って、どんな特徴の心電図所見でしょうか?
【基本】ペースメーカー細胞の位置と働き
まず房室接合部調律について説明する前に、基本的な事項から確認していきましょう。
この説明がしたくて、この講義をやることを決めたのでした。
ペースメーカー細胞はどこにありますか?って質問すると、あなたはなんて答えるでしょうか?「洞房結節にあります」と言ったら、合格点です。ペースメーカー細胞とは、自ら電気信号を作り出して、刺激伝導路を通じて心臓の収縮と拡張のリズムを作り出す細胞のことです。
でも、ペースメーカー細胞は洞房結節のみならず、心房、房室結節、心室にも存在します。
ただ、同じペースメーカー細胞といっても、ペースメーカー細胞が存在する部分によって作り出す電気信号の頻度が異なってきます。スライドをよく見てください。
洞房結節が一番、電気信号の頻度が高く、その後、心房、房室結節、心室と電気信号の頻度が低くなっていきます。
何か面白いですね。どんな理由が隠れているのか、分かりますか?
ペースメーカー細胞は、自身が発生させる電気信号より頻度が高い電気信号が来ると、電気信号を発生させるのを辞めてしまう性質を持っています。このため、洞房結節から正常に電気信号が出ている限り、心房のペースメーカー細胞は抑制されるので、洞房結節の信号がそのまま伝わっていくことになります。うまくできていますね。
そもそも、何故こんなにいろいろな部位にペースメーカー細胞が存在するのでしょう。
それは電気信号が必要な頻度で伝わらなくなった時に、下位のペースメーカー細胞が代わりに電気信号を出すような代償機構を持つためにです。
例えば、図のようにヒス束の部位で障害されて心室のペースメーカー細胞を抑制するのに十分な頻度で電気信号が伝わらなくなったと仮定します。
その時は普段は洞房結節からくる電気信号によって抑制されていた心室のペースメーカー細胞から電気信号を一定の頻度で出すようになります。ただし、心室の電気信号を出す頻度は非常に低いため(HR 20~40)、通常はペーシング等の処置が通常は必要になります。
ここまででペースメーカー細胞の位置と働きについて理解していただけたでしょうか?
房室接合部調律を理解するには、この基本事項が非常に重要になってきますので、ちょっと分からなかったなという人は、もう一度振り返ってから理解するようにしてください。
房室接合部調律とは
それでは、房室接合部調律の説明に入っていきたいと思います。
房室接合部調律では以下のことが起こっています。
①房室結節に伝わる電気信号の頻度が減る。このため、房室結節付近にあるペースメーカー細胞は抑制されなくなる。
②その結果、房室結節付近にあるペースメーカー細胞から電気信号が発生するようになる。
③新たに発生した電気信号は、房室結節から心房へ普通とは逆に伝わる(逆行性)。その一方、心室には刺激伝導路を通って通常通りに伝わる(順行性)。
房室結節のペースメーカー細胞はHR 40~60bpmで電気信号を発生させるのでしたね。そのため、一般的には徐脈傾向になります(自動能が亢進している場合を除く)。
実際の心電図所見はどのようになるのでしょうか?
房室接合部調律の心電図上の特徴
房室接合部調律の心電図ではRR間隔が一定で、心拍数は通常40~60bpmになります。QRS間隔は狭い(3mm以下)です。P波はこの心電図では、QRS波と重なって確認することが出来ません。P波を確認できるパターンの房室接合部調律もあります(次の症例を見てね)。
なので、P波の確認できないQRS間隔が狭い、規則正しい徐脈をみたら、房室接合部調律を疑ってみてください。
房室接合部調律の原因
房室接合部調律は房室結節に電気信号が、房室結節付近にあるペースメーカー細胞を抑制するのに十分な頻度で流れてこない時に起こるのでしたね。このため、房室結節に伝わる電気信号の頻度が低くなる病態で起こります。これには高度な洞性徐脈や洞不全、高カリウム血症が含まれます。後、房室接合部調律がよくみられるのが完全房室ブロックです。ここは次回詳しくやるので楽しみにしておいてください。
補足:神経性食欲不振症と高度な徐脈
さて、この症例は神経性食欲不振症に合併した房室接合部調律でした。一般的に神経性食欲不振症の患者の95%は徐脈が合併しており、不整脈のために亡くなってしまうこともあります。Yahalomさんの報告によると神経性食欲不振症の患者の69%でHR<50の高度徐脈であったそうです。この症例でも当てはまりますね。「若いやせた女性の高度な徐脈」を見つけた場合、神経性食欲不振症を疑う必要があると思います。
症例2: 70歳 女性 入院中の心電図
さて、次の症例に行ってみましょう。今回は夜間にモニターで不整脈がみられたとのことで、朝に十二誘導心電図を取ってみました。前回と異なって徐脈というわけではなさそうです。
Ⅱ誘導を拡大して、細かく見ていきましょう。
まず、P波を確認すると、Ⅰ誘導ではあまりはっきりしていませんが、Ⅱ、Ⅲ、aVF誘導で下向きのP波が確認できます。また、通常のPQ間隔より狭そうですね。
RR間隔は一定で、心拍数は90bpm。前の房室接合部調律の心電図とは違いますね。
QRS間隔は3mm以下で狭いです。
この心電図は促進性房室接合部調律の心電図でした。
促進性って部分は後で説明しますが、これが先ほどの症例で話した「逆行性のP波が見える」タイプの房室接合部調律です。
ちょっと解説しましょう。
房室接合部調律(逆行性P波が見える場合)の心電図上の特徴
房室接合部調律なので、基本的にはRR間隔が一定で、QRS間隔が狭いという特徴は変わりません。前回はP波はQRS波に隠れてしまっていたので分かりませんでした、今回はP波が確認できます。ただし、これは房室接合部周辺のペースメーカー細胞から出ている電気信号なため、PQ間隔が狭く(3mm以下)、Ⅱ、Ⅲ、aVFで陰性P波、aVR、Ⅰ誘導では陽性P波です。
ここで大切なのは、PQ間隔が狭いという点です。ここが広い場合には、心房調律を疑います。
上記が逆行性P波がみられる房室接合部調律の特徴的な所見になりますので、よく覚えておいてくださいね。
促進性房室接合部調律って何?
症例2の心電図は心拍数が90bpmと、一般的な房室接合部調律より心拍数が多いですね。
房室接合部調律では通常、何らかの原因で房室結節に伝わってくる電気信号の頻度が低下することで起こりました。でも、この促進性房室接合部調律は、房室結節の自動能(自分で電気信号を作り出す能力)が亢進する一方で、洞房結節ではそのような自動能亢進が起こらない時に起こります。つまり、房室結節のペースメーカー細胞だけが自動能の亢進が起こる状況下で起こります。促進性房室接合部調律の心拍数は60~100bpmです。
上記が促進性房室接合部調律の原因です。最も有名なのが、ジゴキシン中毒です。ジゴキシン中毒には様々な症状がありますが、心臓に対しては、房室結節の自律能の亢進と房室伝導の遅延がおこり、上記の促進性房室接合部調律が起こりやすい状況になります。このジゴキシン中毒は後日、講義をアップするので、そちらも参照ください。
ということで、今回の講義はどうだったでしょうか?
次回も楽しみにしておいてください。
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