今回のテーマは下壁梗塞です。下壁梗塞は臨床現場でよく遭遇する心筋梗塞ですが、勉強してみると奥が深い。いろいろ面白いトピックがあるので、みなさんと共有できればと思います。
本編の前に:胸部誘導と四肢誘導の立体的なとらえ方
前回はST上昇しているのかという基本的な内容でした。今後はそこからさらに踏み込んで、どの誘導でST上昇がみられると、どの部分の心筋梗塞が起こっているのかという内容に迫っていきたいと思います。まずは、心電図の誘導が心臓のどの位置を表しているのか押さえていきましょう。
今回は心筋梗塞の時の心電図の読み方の基本を講義します。ST上昇って言いますが、その定義を知ってますか?どんな形のST上昇なら心筋梗塞?
四肢誘導の立体的なとらえ方
四肢誘導は心臓を上下左右から見ていると思ってください。基本的には左心室の障害をとらえています。図のように見ると、下壁はⅡ、Ⅲ、aVFが表しており、(左心室の)側壁はⅠ、aVLが表しています。aVRは左心室の心室中隔の基部のあたりを示します。
胸部誘導の立体的なとらえ方
胸部誘導は心臓を水平に切って、どこで障害が起こっているのか見ていると考えてください。例えば、V1~2だと心室中隔、V5~6は側壁を表しています。
この四肢誘導、胸部誘導のとらえ方は今後の基本になっているので覚えておいてくださいね。
下壁梗塞:右冠動脈?左回旋枝?閉塞しているのはどっち?
症例1 38歳男性 胸痛 両上肢痛
夜、38歳男性が胸痛を訴え救急外来に来院されました。初診時の心電図を示します。
どの誘導でSTが上昇しているか分かりますか?割とすぐに分かりますよね。Ⅱ、Ⅲ、aVFですね。(V6も上昇していますが、ここではⅡ、Ⅲ、aVFについてのみ触れます。)先ほどの四肢誘導のイメージでとらえると、どうなるでしょう?
四肢誘導のイメージでとらえると、このように下壁の誘導(Ⅱ、Ⅲ、aVL)でST上昇がみられています。また、前回やったReciprocal changeがaVLで認められます。この症例は下壁梗塞であると診断することが出来ます。
下壁梗塞の責任血管は?
下壁梗塞では、心臓のどの部分が障害されているのでしょうか?ちょうど図でピンクで囲んだ部分(この絵では心臓の裏側の領域)にあたります。この領域を主に栄養する血管は、右冠動脈と左回旋枝動脈です(図中の赤い矢印)。下壁梗塞の心電図では、この右冠動脈閉塞による心筋梗塞か、左回旋枝動脈閉塞による心筋梗塞なのか鑑別するのが重要なポイントになります。ちなみに右冠動脈と左回旋枝動脈によって栄養される下壁の領域は多少異なります。右冠動脈は主に心室中隔の下壁に接する部分を含む下壁の正中部分、左回旋枝動脈は下壁の外側部分から左後壁基部の部分を栄養します。下壁は80%の人で右冠動脈優位に支配されているため、下壁梗塞が起こった場合、多くの症例が右冠動脈が原因で起こります。
梗塞を起こしているのは、右冠動脈か?左回旋枝動脈か?
下壁梗塞の原因が右冠動脈によるものか、左回旋枝動脈によるものか鑑別するためには、Ⅱ誘導とⅢ誘導に注目してください。ST上昇の幅を比較して、Ⅱ誘導のほうが高い場合は左回旋枝動脈、Ⅲ誘導のほうが高い場合には右冠動脈が閉塞しているといえます。
では、もう一度症例1の心電図を拡大してみましょう(スマホの人は拡大してみてね)。
Ⅱ誘導、Ⅲ誘導のJ点を比較すると、Ⅲ誘導のほうが高いことが分かるでしょうか?Ⅰ誘導のReciprocal change(ST低下)もありますね。
ということで、この症例は右冠動脈が閉塞している可能性が高いことが分かりました。ちなみに、今回の心電図のように、Ⅲ誘導のST上昇>Ⅱ誘導のST上昇+ⅠまたはaVL、または両方でST低下(1㎜以上)みられた場合には、右冠動脈閉塞が感度90%、特異度71%で陽性的中率が94%とかなり信頼性の高い指標になります。
右冠動脈閉塞を疑う時は、どうする?
右冠動脈閉塞を疑った場合、必ずすべきことは、”右室梗塞を合併していないかチェックする”です。 右冠動脈は左心室の下壁も栄養していますが、右心室も栄養しています。そのため、×で示した位置、右冠動脈の近位部か右室枝が閉塞した場合、右室梗塞を起こします。
右室梗塞を合併した場合は非常に重症化します。右室梗塞を合併していない症例と比較して、死亡率、心室性不整脈は2.6倍に増えます。臨床では血圧低下や心不全兆候のないショックを起こしていることが多いです。治療では利尿薬、βブロッカー、モルヒネ、ニトログリセリンを避けるなど、特別な注意が必要です。ここでは、細かくは述べませんが、つまり特別な病態なので迅速に発見することが必要です。
下壁梗塞では右誘導もとってみよう!
下壁梗塞では(特に右冠動脈閉塞の場合)、右側誘導も必ず撮るようにしてください。四肢誘導はそのまま、V1~2もそのままにして、V3~6をちょうど左右対称になるように右側の胸に電極を貼ります。(右誘導では元V1はV2R、元V2はV1R、右胸部に新しく貼った誘導はV3R~V6Rと呼びます)
V4Rが1㎜以上ST上昇していた場合に、右室梗塞であると心電図で判断します。ST上昇が0.6㎜までは正常範囲です。ただ、下壁梗塞の症例では、V4RでSTが0.5㎜以上上昇していた場合は右室梗塞の合併を疑ってください。
右側誘導を示します。いかがでしょうか?見えにくい方は拡大してみてください。V4Rは1㎜以上上昇していないですね。このため、この症例では右室梗塞は合併していないと判断されます。ただ、5㎜以上は上昇していそうなので、”右室梗塞疑い”として注意して観察する必要があります。
この患者さんはバイタルは安定しており、心エコーの結果は下壁の壁運動低下のみで明らかな右室梗塞は認められませんでした。緊急冠動脈造影の結果、右冠動脈(#3)の閉塞が確認されました。一枚の心電図を深読みすることで、病態に迫れた症例であったのではないでしょうか?
症例2 62歳女性 嘔吐 胸部不快感
さて、次の症例。あなたが当直する救急外来に62歳女性が胸部不快感を訴えて来院されました。来院時の心電図を示します。どんな変化がみられるでしょうか?
ぱっと見ただけでSTが上がっている誘導はすぐに分かりますよね。Ⅱ、Ⅲ、aVFでSTが上昇しています。またV5~6でもSTが上昇しているのも分かります。下壁梗塞(+側壁)を疑うことになるのですが、ここで閉塞しているのが右冠動脈か左回旋枝か鑑別してみましょう。
こうしてみるとSTはⅢ誘導よりⅡ誘導のほうが上昇してそうですね。Ⅰ, aVLのST低下(Reciprocal change)もみられていません。そうすると今回の症例では左回旋枝閉塞による下壁梗塞が疑わしいということになります。では念のため、右側誘導もとってみましょう。
上はこの症例の右側誘導ですが、V4RのST上昇はみられておりません。このように
・Ⅲ誘導のST上昇>Ⅱ誘導のST上昇
・ⅠまたはaVL または両方のST低下(1㎜以上)
のどちらも満たさず、かつ
・Ⅰ,aVL,V5,V6でST上昇
・V1~V3でST低下
がみられた場合、感度83% 特異度96% 陽性的中率91%で、左回旋枝閉塞を疑うことになります。こちらもかなり信頼性が高い指標ですね。今回の症例は上記の基準をすべて満たすわけではありませんが、心電図より左回旋枝閉塞を強く疑います。
来院時の心エコー検査では、後壁の壁運動低下が認められました。緊急冠動脈造影の結果、左回旋枝(#13)の閉塞でした。後日、心筋シンチグラフィー施行したところ、下壁~後側壁の集積低下を認めました。この症例は下後側壁梗塞であることが分かりました。心電図のみですべて診断できたわけではありませんが、だいぶいいところまで病態に迫れたのではないでしょうか?
下壁梗塞と合併する伝導障害
症例3 76歳女性 胸部違和感 眼前暗黒感
76歳 女性が胸部の違和感を訴えて、救急外来を受診されました。来院時の心電図を示します。どんな心電図所見がみられるでしょうか?
Ⅱ、Ⅲ、aVFでST上昇がみられるのはすぐに分かると思います。Reciprocal changeがaVLに認められます。Ⅲ誘導のST上昇>Ⅱ誘導のST上昇なので、右冠動脈閉塞の可能性が高そうです。と、ここまでは、前のセクションの流れ通りに考えていけばよいのですが、その他の興味深い変化がみられます。よく見てみて下さい。
分かりやすくするために、V4~V6までを拡大してみました。緑の矢印はP波を示しています。
さらに分かりやすくするためにPR間隔を示すピンクの矢印を足してみました。
PR間隔が徐々に伸びていき、QRSが突然欠落しています。この心電図はWenckebach型のⅡ度房室ブロックを起こしています。この症例では下壁梗塞に加えて、伝導障害を起こしていました。
下壁梗塞に伴う伝導障害の特徴とは?
下壁梗塞の約20%の症例はⅡ~Ⅲ度の房室ブロックを起こします。そのうち、約半数はⅠ度房室ブロックからWenchebach型Ⅱ度房室ブロック、Ⅲ度房室ブロックと段階を追って進行しますが、残りの半数は突然、Ⅱ~Ⅲ度の房室ブロックを起こします。右冠動脈が閉塞している症例では房室結節への血流が低下するため(房室結節枝は80%の人は右冠動脈から分岐する)、伝導障害が起こります。そのほかに、虚血に伴った迷走神経の過緊張により伝導障害を起こすこともあります。こうして、下壁梗塞に伴いⅠ度房室ブロック、Wenchebach型Ⅱ度房室ブロック、Ⅲ度房室ブロック(QRSの幅狭く、HR>40bpm)を起こします。また、洞結節枝(60%の人は右冠動脈から分岐する)が障害されることもあり、洞性徐脈など洞不全症候群を起こすこともあります。
このように下壁梗塞では伝導障害を伴うことがありますが、一般的に予後が良く、アトロピンにもよく反応し、恒久的ペースメーカー埋め込みを必要としないことが多いとされています。
この下壁梗塞に伴った伝導障害と対比して覚えておく必要があるのは、広範囲前壁梗塞に伴う伝導障害です。後日、解説を載せておくので、両者を比較しながら覚えておいてくださいね。
今回の症例は心エコー検査では明らかな壁運動異常は認めませんでした。緊急冠動脈造影の結果、右冠動脈の近位部(#2)に閉塞があることが分かりました。PCIを行い再開通すると、すぐに洞調律へ戻りました。
ということで、今回の下壁梗塞の講義はどうだったでしょうか?少しずつ講義を追加していきますので、楽しみしていてください。
下にYoutubeにあげた講義の動画を置いておきます。
コメント
臨床検査技師として働いてる者です。とてもわかりやすく勉強になります。
左回旋枝か右冠動脈の梗塞か判断するときにⅡ誘導とⅢ誘導をみてその大きさで判断すると書いてありますが、その理由について確認したいです。
右冠動脈の梗塞ではⅢ誘導>Ⅱ誘導になりますが、それはⅢ誘導は心臓を右室側面と左室下壁を見る誘導だから右冠動脈がつまるとST上昇が大きくみられるという解釈でよろしいでしょうか。
ご連絡頂けると非常にありがたいです。
宜しくお願い致します。
naoさん
ご質問どうもありがとうございます。
本文中にもありますが、右冠動脈と左回旋枝動脈によって栄養される領域がことなるため、このような所見がみられます。
そうすると、ご指摘のとおり心筋梗塞のおこる位置が若干違うため、Ⅱ誘導とⅢ誘導で上昇が異なってきます。
以下本文より
下壁梗塞の心電図では、この右冠動脈閉塞による心筋梗塞か、左回旋枝動脈閉塞による心筋梗塞なのか鑑別するのが重要なポイントになります。ちなみに右冠動脈と左回旋枝動脈によって栄養される下壁の領域は多少異なります。右冠動脈は主に心室中隔の下壁に接する部分を含む下壁の正中部分、左回旋枝動脈は下壁の外側部分から左後壁基部の部分を栄養します。