今回は有名な左脚ブロックの合併した心筋梗塞の時の心電図の読み方を講義です。Sgarbossa criteriaなどを紹介しながら、深く詳しく迫っていきたいと思います。
そもそも何で左脚ブロックの合併したら分かりにくいの?
症例1: 74歳女性 胸痛
あなたが当直する救急外来に74歳女性が胸痛を訴えて来院されました。以下に受診時の心電図を示します。この患者さんは心筋梗塞でしょうか?
どうでしょう?ST変化はあるような感じもしますが、なんか普段見慣れている心電図とは違いそうですよね?この患者は左脚ブロックを合併しているため、心電図の解読が困難になっています。まず、左脚ブロックの特徴からおさらいしていきましょう。
左脚ブロックの特徴とは?
まず、左脚ブロックは伝導障害なのでQRS間隔が延長します。QRS間隔が0.12秒以上(心電図のメモリで3mm以上)の場合は完全左脚ブロック。0.12秒未満なら不完全左脚ブロックです。この辺りは右脚ブロックと同じですね。
次にV1~2において深くて幅の広いS波が認められます。R波は小さいか見えないこともあり、QSパターンを作ります。QSパターンは稀にV3で見られることもあります。V1で小さなノッチが出来ることにより、W型のS波がみられることもあります。
最後に側壁の誘導(V5~6、Ⅰ、aVL)において、幅の広いR波が認められます。小さなノッチ(凹み)があることもあります。
以上が左脚ブロックの特徴です。これだけだと、心筋梗塞起こっても、問題なくST変化が分かりそうですよね。でも、次にあげる特徴が心電図の読影を困難にさせます。
左脚ブロックにおいてST変化が分かりにくい理由
左脚ブロックではAppropriate discordanceと呼ばれる特徴が認められます。Appropriate discordanceとは”適切な不一致”という意味です。左脚ブロックではQRSの方向と逆の方向にSTが変化します。上の図ではQRSが上向きですよね。この誘導では正常な場合はSTーT部分は下向きになります。
上の図のようにQRSが下向きの場合、正常な場合にはST-T部分は上向きになります。
このAppropriate discordanceのために、もともと左脚ブロックはST変化が伴っています。そうすると心筋梗塞を疑った場合、もともと存在するST変化があり分からなくなってしまいます。症例1の心電図を見直してみてください。そうすると前胸部誘導にST変化が伴っていてますよね。心筋梗塞なのかちょっと迷ってしまいますよね。
ちなみに右脚ブロックにも ”Appropriate discordance”というのがあるんでしたよね。忘れてしまった方は右脚ブロックの回を復習しておいてください。
左脚ブロックを合併している患者で判断に困る、もう一つの理由
心電図の特徴以外に左脚ブロックを伴った患者さんが胸痛を訴えて来院した場合に困ってしまう理由がもう一つあります。では、ここでCirculationから2004年に発表された論文を読んでみましょう。
この研究は1995年から2001年、スイスにある72病院のCCUに入院した心筋梗塞の患者さんのデータを利用して行われました。左脚ブロックの合併している心筋梗塞の患者さんと合併していない患者さんの予後を比較しています。左脚ブロックを合併している心筋梗塞は全体の約9%でした(8041人/88026人 すごいN数ですねw)。
患者背景を比較すると左脚ブロックを合併している患者は高齢で女性がおおく(女性は予後不良因子の一つ)、様々な基礎疾患(心不全、高血圧、糖尿病、過去の心筋梗塞、慢性肺疾患)を多く持っていました。入院した後の経過を比較すると左脚ブロックを合併した心筋梗塞では血圧低下、新規のAf、心不全を多く併発しました。一年後の死亡率も高かったことが分かりました(75歳以上では48% vs 35%)。
さらに面白い点は、左脚ブロックの合併した心筋梗塞と予後の関係ですが、基礎疾患、治療内容、心拍出率を調整してみると、1年後の死亡率とは有意差は認められませんでした。このため、左脚ブロックを合併したこと自体が予後を悪化させるのではなく、そもそも予後が悪くなりそうな患者背景(年齢、性別、基礎疾患)のために予後が悪化すると考えられています。
左脚ブロックを合併した人の心筋梗塞を疑った時に困る理由のまとめ
左脚ブロックを合併した患者さんが胸痛を訴えて来院すると非常に困ります。まず心電図にもともとST変化を伴っているので新規のST変化が分かりにくいです。また左脚ブロックを持っている患者さんは心筋梗塞を起こすようなリスクファクターを多くもっており、高齢でもあります。また単純に予後が悪いことが知られています。
では、どうやって左脚ブロックを合併している患者さんをManagementしていけばよいでしょうか?
心筋梗塞で左脚ブロックが起こる機序
ここで左脚ブロックを起こす心筋梗塞って、そもそもどんな梗塞なのか見ていきましょう。上の図で示すように左脚はHis束からでて心室中隔をすすみ、前枝、後枝に分岐し左心室に至ります。左脚ブロックを起こすには①のHis束から出て直後の左脚を障害する、または②③の左脚の前枝後枝を同時に障害するの二つの場合にしか起こりません。このため、新規左脚ブロックを起こす心筋梗塞は、前壁or前壁中隔梗塞であり、通常、広範囲の心筋が障害されることになります。
左脚ブロックを伴った心筋梗塞を疑った時の手順
ここで左脚ブロックを伴った患者さんが胸痛を訴えて来院した場合にどうするのか考えていきたいと思います。
1:まず血行動態が安定しているのか、心不全を伴っているのか確認する
前項で説明しましたが、左脚ブロックを伴った心筋梗塞を起こした場合、広範囲の心筋がダメージを受けていることが考えられます。このため、血行動態が不安定であったり急性心不全を伴っている症例では、患者の予後に直結するためPCIを考慮します。急性心不全を起こす人が50%を超えています。すぐに循環器内科の先生に相談しましょう。
2:安定している患者ではSgarbossa Criteriaを使ってみる
患者さんが安定している場合、ここで有名なSgarbossa Criteriaの登場です。Sgarbossaさんはアルゼンチン出身の循環器内科の先生で、その後、アメリカに移民しています。そうとう優秀な人で、語学に精通しているだけでなく、研究面でも優れNEJMの筆頭著者にもなっています。そして、とても美人。神様から2つも3つも授かっている人っているんですね。このSgarbossaさんは前に説明したAppropriate discordanceに注目しました。このAppropriate discordanceを満たさないST変化(つまりQRSの方向とSTの方向が一致するとき)があった場合、心筋が障害されていると考えました。また正常と同じようにQRS方向と違う向きのST変化でも過剰に変化している場合には異常なST変化であると考えました。それぞれ、誘導ごと(例えば、V1とV2など)にスコアを付けて、合計点が3点以上だったら心筋梗塞としました。では一つ一つみていきましょう。
左の心電図がST上昇型心筋梗塞で右の心電図が正常例です。まずQRSと同じ方向にSTが1㎜より高く上昇していた場合には5点です。この点数は各誘導ごとにつけます。例えばV5,V6で認めた場合には10点です。
次はV1~3のQRSが下向きの誘導でSTが下に1㎜より低く下がっていたら3点です。
最後にQRSが上向きの誘導で、STが5㎜以上上昇していた場合には2点としました。
Sgarbossa Criteriaは以上の3つから構成されています。意外と簡単ですよね。
このSgarbossa Criteriaは1996年に発表されてから、様々な利点欠点が分かってまいりました。それをまとめます。
まず、Sgarbossさんが共著者のAnnalsから2000年に出た論文では、左脚ブロックを伴った心筋梗塞と左脚ブロックのみの心電図を循環器専門医と救急専門医にSgarboss Criteriaを使ってもらって、どの程度読影結果が医師同士の間で一致するのか調べました。まぁ、一部のエキスパートのみが分かる診断基準だと実臨床で使えないですからね。その結果、循環器内科医同士で81%の一致率、救急専門医同士で71%でした。結論は評価がよく一致するから、救急外来で使ってねというものでした。また、Sgarbossaさんが書いたNEJMの論文では、左脚ブロックは時間によって変化がないので、新規発症と前からあるものの両方に使えると言っていました。
こんな素晴らしいSgarbossa Criteriaですが、2008年のAnnalsから発表されたメタアナリシスによると、特異度は高いのですが、感度が20%と低すぎる結果になりました。さらに臨床医の判断と比較した場合、感度特異度ともにSgarboss Criteriaと変わらない結果になりました。
まとめると、Sgarbossa Criteria は左脚ブロックのある心電図から心筋梗塞を探すのに画期的な基準です。特異度が高いため、3点以上はほぼ心筋梗塞と言って良いですが、感度が低いため5人の心筋梗塞の患者のうち、1人しか見つけることが出来ません。また臨床医の判断と比較しても決して高いものではありませんでした。では、症例1にSgarbossa Criteriaを使ってみましょう。
症例1はSgarbossa Criteriaを残念ながら満たしません。感度が20%と低いため、Sgarbossa Criteriaを満たさない時に、”心筋梗塞ではない”と否定することはできないですよね。さて、次はどうしたらよいでしょうか?
Sgarbossa Criteriaの補足
ここで、ちょっと補足です。Sgarbossa Criteriaで、ルール1とルール2は一つの誘導でもあれば心筋梗塞と診断してよいですが、ルール3は二つ以上の誘導で満たさないと(点数が低いため)心筋梗塞と診断できません。つまり、ルール1、2と3には診断において異なる重みづけがされています。では、このルール1,2と3では臨床上はどんな違いがあるでしょうか?
ここで、Pexelizumab( 補体C5に対するヒトモノクローナル抗体)の有効性を調べるために行われたRCTのデータを利用した論文を紹介してみたいと思います。 Pexelizumab自体は有意差を示すことができなかったため、薬として承認されませんでした。この研究にふくまれた心筋梗塞のうち、左脚ブロックを伴っていたのは約1.7%でした。Sgarbossa Criteriaのルール1 or 2を満たす患者は71%で原因となる冠動脈が閉塞していました。一方、ルール3の基準を満たす患者では、44%のみでした。Sgarbossaさんが重みづけをしたように、ルール1、2は冠動脈閉塞と一致しますが、ルール3はあまり一致しません。Sgarbossa Criteriaの精度を上げるためには、ここにポイントがありそうですね。
3:Sgarbossa Criteriaが当てはまらなかったら、ST/S比を計測しよう!
Sgarbossa Criteriaは今まで分からなかった左脚ブロックを合併している患者の心電図から心筋梗塞を見つけることが出来る画期的な基準でした。ただ、感度が低いため、実臨床では使いにくいという難点があります。心筋梗塞は致死的な疾患なので、とりあえず疑いのある人を全員ひっかけられるルールのほうが使いやすいですよね(つまり感度が高いルールが必要ということ)。そこで、SmithさんたちはS波とST部分の比率について注目し、Sgarbossa Criteriaの感度を上げようとしました。
Sgarbossa Criteriaを使えるようにするためには、ルール3を改善すればよさそうですよね(補足参照)。Smithさんたちは左脚ブロックの合併した心筋梗塞の患者の心電図より、上記のことに気が付きます。ルール3を満たす患者よりST/S比がー0.25未満の患者のほうが、より心筋梗塞のある患者とない患者を分けることが出来そうです。では、このST/S比って、どうやって計測すればよいでしょうか?
まず、このST/S比を計測する誘導はQRSの向きとSTの向きが逆の誘導です(Appropriate discordanceのある誘導のことです)。QRSの向きとSTの向きが同じ方向の誘導では使えないので注意してください。
そして、実際のST/S比の計測方法ですが、QRSが上向きの誘導では基線の部分からJ点までの距離をR波の高さで割り算をしてST/S比を求めます。ここで、マイナスになっているのは、J点が基線より下に行っているからですね。
一方、QRSが下向きの誘導では、基線からJ点までの距離をS波の距離で割ります。このようにしてST/S比を求めることが出来ます。こうして計測したST/S比ですが、ST/S比がー0.25未満の場合に、心筋梗塞の可能性ありと考えます。
では、実際にどんな研究であったのか論文を参照してみましょう。この論文は2012年のAnnals of Emergency Medicineに掲載された論文で、Smithさんたちは3施設から左脚ブロックがあり胸痛など心筋梗塞を疑う症状をもつ患者の心電図を集めました。冠動脈造影を行い、心筋梗塞の有無を確認しました。そして、元々のSgarbossa CriteriaとSmithさんたちが作った”Modified Sgarbossa Criteria”の精度を比較しました。
復習ですが、こちらがオリジナルのSgarbossa Criteriaです。ポイント制になっていて、問題のルール3”過剰なST変化”の点が一誘導につき2点なので、心筋梗塞疑いというためには2つ以上の誘導でルール3を満たす必要があります。
こちらがSmithさんたちが作った”Modified Sgarbossa Criteria“です。ルール1,2はそのままですが、ルール3の代わりにST/S比を入れています。こちらは点数制ではなく、どれかが一つでも満たせば心筋梗塞の疑いがあるといたしました。
研究の結果です。33人の心筋梗塞と129人のコントロール患者が含まれました。Smithさんたちの作った“Modified Sgarbossa Criteria”の感度は91%、特異度は90%でした。オリジナルのSgarbossa Criteriaは感度52%、特異度98%でした。ST/S比を組み合わせたほうが、感度が大きく向上し、このデータなら実臨床でも使えそうですね。
このST/S比を用いたModified Sgarbossa CriteriaはValidationもきちんと行われています。2015年にAmerican Heart Journalで発表された論文によると、Modified Sgarbossa Criteriaは感度80%、特異度99%でした。Validation studyの結果も良いですね。
症例1にModified Sgarbossa Criteriaを当てはめてみる
では、この”Modified Sgarbossa Criteria”を症例1の心電図にあてはめてみましょう。どうでしょうか?
Appropriate discordanceのあるV1とV2に注目してみましょう。ここでST/S比を計測すると、どちらも-0.25以上でした。また、ほかの誘導を見てもST/S比を満たすものはなさそうです。この症例はModified Sgarbossa Criteriaも陰性でした。
ST/S比が当てはまらなかったときはどうするのか?
じゃ、この時点で、この患者さんは心筋梗塞を完全に否定できるかというと、そうではないんですね。Modified Sgarbossa Criteriaは感度が80~90%なので、だいたい10人に1~2人程度は心筋梗塞の患者さんを見逃してしまいます。そう聞くと、Modified Sgarbossa Criteriaは意味がないんじゃないかって思う人もいると思います。そうではないんですね。そもそも、心電図の心筋梗塞に対する感度は56%、特異度94%であることを考えると、感度が大幅に高くなっています。つまり、Modified Sgarbossa Criteriaを用いると心電図一発で診断できる率が上昇するということです。
この場合は、どうするべきでしょうか?それは、普段通りのことをすればよいのですね。心筋梗塞の疑いが完全に晴れるわけではないので、救急外来でモニター下に経過観察してください。心筋逸脱酵素を経時的に計測したり、心エコー検査も行ってください。
症例の経過
この患者さんのその後の臨床経過です。この患者さんは心エコーで下壁~後壁の壁運動異常が分かり心筋梗塞が疑われました。冠動脈造影検査の結果、右冠動脈に完全閉塞があることが分かりました。
豆知識なのですが、ST/S比がー2.5未満になる誘導が、通常の心電図で見られるような冠動脈の支配領域と一致するわけではないということも覚えておいてください。Smithさんの論文に戻りますが、左前下行枝に閉塞がみられた症例のうち、V1~4でST/S比<-0.25を満たしたのは85%、Ⅱ、Ⅲ、aVFでST/S比を満たしたのは10%、Ⅰ、aVL、 V5~6で満たしたものは15%でした。
今回の心電図の読み方のまとめ
最後に今回のまとめです。
まず心筋梗塞を疑った患者さんの心電図が左脚ブロックを伴っていた場合には、過去の心電図を探して比較してください。もともと左脚ブロックがある症例でも、過去のものと比較してST変化があるかもしれません。ただし、新規左脚ブロックがあるからといって、前例が心筋梗塞ではないので、そこは注意してください。
①まずはバイタルをチェックします。低血圧や急性心不全がみられた場合には積極的に心筋梗塞を疑う必要があります。
②バイタルが安定している症例では、Sgarbossa Criteriaをチェック→引っかからなければ、ST/S比を計測してみて心筋梗塞を探しに行ってください。
③ST/S比が≧ー0.25であっても、心筋梗塞の可能性がだいたい10%は残ります。その時は、今回の症例のように心電図フォロー、心エコー、採血などで総合的に判断してください。基本的に心筋梗塞である場合には、心電図は時間とともにSTが変化していきます。また、心筋梗塞による新規左脚ブロックは前壁中隔梗塞に合併するため、心エコーを行うと前壁中隔の壁運動低下が分かるかもしれません。前壁中隔が菲薄化していた場合には、以前からある左脚ブロックの可能性が高そうです。トロポニンも経時的に測ることで診断につながるかもしれません。
左脚ブロック+心筋梗塞の時の心電図の読み方の講義は以上になります。いやー本当にさまざまな基準があって難しいですよね。一度ですべて覚えることはできないと思いますので、困ったときは見直してみてください。
ということで、次回も楽しみにしておいてください。
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