みなさん、お久しぶりです。
新しい心電図の講義を用意しようとしていると、日本がそれどころではないことになっています(2020年2月27日現在)。
福井ではまだ患者は出ていないのですが、新型コロナウイルスが日本で流行の兆しを見せ始め、横浜などの都市では非常に困ったことになっていると聞きました。
感染経路不明の新型コロナウイルス感染患者も現れはじめ、通常の外来/救急外来でも新型コロナウイルス感染症を疑わないといけない状況になるかもしれません。
僕自体は新型コロナウイルス感染している患者を診療した経験がないので、あくまで今発表されている論文をベースに”感染経路不明の新型コロナウイルス感染症”を疑った時にどう行動すべきなのか調べてみました。
ここに書いてある内容はあくまで論文をベースにした内容なので、実際の診療に応用する場合には、その施設で話し合ってコンセンサスを得たほうが良いと思います。
少しでも日々の診療に役立つ内容であると幸いです。
症例1:28歳女性 発熱 咳嗽 倦怠感
あなたが働く救急外来に28歳の女性が発熱と激しい咳嗽を主訴に来院されました。非常に強い倦怠感があるようで重症感があります。
バイタルは正常で、特記すべき身体所見はありません。インフルエンザの迅速検査は陰性でした。あなたは「おそらくウイルス性の上気道炎でしょう」と言って、患者を帰宅させようとすると、、、
その患者さんは、昨日まで旅行に行っており、地方の有名なお祭りに参加したそうです。ただ、その後、そのお祭りに新型コロナウイルスに感染した人がいたとニュースを聞いて心配になったそうです。
さて、どうしましょうか?
2番目の選択肢を選んでしまいそうですが、都市部の感染症指定医療機関は正直軽症例の診療をできるほどの余力は残っていないと思います(ただの想像ですが)。
この救急医学会からの何気ないお知らせが物語っています。つまり、「重症な新型コロナウイルス感染症の診療を引き受けている医療機関は余力がありません。今後は、ECMOの経験があまりないような施設でも、ECMOを回さざるを得ない状況になる可能性があります。」と言っているような気がします。
こちらの記事でもあるように、「新型コロナウイルス感染症の軽症例は一般病院へ」となってきており、今後はどの医療機関でも対応する方法を真剣に考えないといけない段階だと思います。
保健所にお願いすれば、RT-PCRを行ってもらえるか?
ここで、もしこの患者さんを保健所に相談した場合を考えてみましょう。新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について によると上記の4つの要件をどれか満たせば、PCR検査の実施について相談(実施するとは言っていない)することになっています。今回の症例は明らかな暴露歴があるのか不明で、入院を要する肺炎を疑ってはいません。そうすると相談しても、PCR検査が行われる可能性は高くなさそうです。
上の記事の真偽は不明ですが、保健所はすべての疑われた患者に対して検査を行えるキャパがないというのは正しそうです。
こちらの報道をみても、PCR検査にはハードルが高そうです。
そもそも発症早期の患者をPCRで診断できるの?
新型コロナウイルス感染の確定診断にはPCRが必要っていうのは、誰しも知っていることだと思います。ただ、そのPCRはいつでも見逃しがない完璧な検査なのでしょうか?ここで前回SARSが流行した時の論文をあたってみましょう。
2003年にJournal of Clinical Virologyに掲載された論文を紹介したいと思います。この論文ではWHOの定義に従い、SARS疑いの患者で最終的にSARSの抗体価が陽性になった患者を対象に研究を行いました。発症から1~3日以内の鼻咽頭吸入液を用いてPCRでSARS coronavirusの陽性率を調べました。
一般的なRT-PCRの陽性率ですが、発症早期では壊滅的な結果でした。発症3日目でも31%の患者さんしか陽性になりません。著者の開発したRT-PCRでは発症2日目で80%の陽性率を誇りましたが、それでも20%の患者さんは偽陰性になるという結果になりました。
RT-PCR検査は排出されるウイルス量によって検出率が影響を受けるので、発症初期では十分なウイルス量を排出しない患者も多く偽陰性を示してしまうことがあるようです。
この患者さんのマネージメントに戻ると、保健所にお願いしても恐らくPCRが行われる可能性は低そうです。(渡航歴、明らかな濃厚接触歴がないため)
近隣の感染症指定医療機関で相談するように伝えることもできますが、重症例で手が回らないところに軽症例を送り付けるのは気が引けます。
この状況で、一般の医療機関で新型コロナウイルス感染症を確定診断まではつけられないとしても、疑いの患者を絞りこむことはできるのでしょうか?
新型コロナウイルスの検査所見
悩んだ末に、とりあえず追加で検査を行ってみることにしました。もし新型コロナウイルス感染症であった場合には、どんな検査結果が考えられるでしょうか?
新型コロナウイルスの血液生化学所見
新型コロナウイルス感染症の患者では上記の血液生化学所見をきたすことがあると報告されています。要約すると重症なウイルス感染症の所見とDICの所見を示すようです。またそれ以外の所見としてはプロカルシトニンは陰性だと報告されています。この患者さんが上記をすべて示していた時は新型コロナウイルス感染症の可能性が上がりますが、もし白血球数の低下のみであった場合には判断に迷いそうです。
新型コロナウイルス感染症に対する単純レントゲン検査
新型コロナウイルス感染症に対しては胸部レントゲンはスクリーニングとしては使えなさそうです。進行例では上記のような所見がみられることがありますが、今回のように感染初期の軽症例にはレントゲン検査を行う意味はないと思います。
新型コロナウイルス感染症のCT所見
新型コロナウイルス感染症の患者では比較的初期から胸部CTでウイルス肺炎像を示すことが分かってきました。「多巣性で両肺にみられるすりガラス陰影」は典型的な所見とされています。また末梢性にみられることも特徴です。
新型コロナウイルス感染症の診断において胸部CTは非常に重要であるエビデンスが報告され始めているので、ここでどんな所見がみられるか列挙してみようと思います。
典型的な所見:丸いすりガラス陰影
こちらの症例はPCRが陽性になる前で、発熱みられていないの軽症の症例になります。
典型的な所見:末梢にある斑状のすりガラス陰影
典型的な所見:メロンの皮様所見
典型的な所見:胸膜下のすりガラス陰影
両側性の多発する胸膜下にあるすりガラス陰影も典型的な所見です。先ほどの症例の5日後のCTになります。
典型的な所見:多発する浸潤影
多発する浸潤影がみられることがあります。ただ、通常はほかの部位にすりガラス陰影を伴っています。
典型的な所見:重症化した場合
重症化したコロナウイルス感染症ではびまん性にするガラス陰影がみられるようになります。
新型コロナウイルス感染症の患者の胸部CTの所見の特徴と頻度
ここまでで新型コロナウイルス感染症の胸部CT所見をみてきました。では、それぞれの所見はどんな頻度で見られるのでしょうか?ここで2020年のRadiologyからでた胸部CT所見を調べた論文を紹介してみましょう。
この研究は中国の3つの州で入院してCTを撮影した21人の患者を対象に行われています。CTの読影は5年の経験のある放射線科医二人がして、判断が一致しない場合にはさらに上級医が読影します。論文の方法の部分は粗削りなところがありますが、非常に興味深い論文です。
新型コロナウイルス感染症と診断された患者の86%に初診時のCTですりガラス陰影が認められました。対象となっている患者が発熱67%、咳43%と非常に軽症なことを考えると、症状が軽症でも胸部CTで異常所見がみられると判断してよいと思います。患者背景をみると、武漢に渡航歴81%、感染した患者に接触がある5%となっているため、「この研究は症状に困って病院を受診した患者さん」を対象に行われた研究でなく、「渡航歴や接触歴がある人」を集めてきて最終的にPCRで陽性になった患者を対象に行われた研究かなと思います。ツッコむ点はありますが、非常に軽症な人を集めた研究であるのは間違いなさそうです。
そういう患者背景で考えてみると、初診時のCTで両側性多葉性の病変を示すのは驚きです。非常に興味深い。
すりガラス陰影の分布とパターンですが、円形で末梢に分布するのが典型的であると言えそうです。
初診時のCTで認められなかった所見ですが、胸水、リンパ節腫脹がない、空洞化病変がないことは覚えておいて良さそうです。
ということで、新型コロナウイルス感染症の胸部CTの所見についてみてきました。おそらくこの論文で重要な点は、「軽症例でも早期から胸部CTで異常がみられる」ことであると思います。
そうすると、RT-PCRと胸部CTと早期の診断で、どちらが有用か興味がわいてきませんか?
発症早期におけるRT-PCRと胸部CTの検出率の比較
今回の講義の最後に発症早期における胸部CTとRT-PCRの新型コロナウイルス感染症の検出率を比較した研究を紹介したいと思います。2020年のRadiologyから発表された論文です。
今回の研究では新型コロナウイルスを臨床症状から疑われて、最終的にRT-PCRで確定診断された人を対象に行われています。初診時に胸部CTとRT-PCRを行い、RT-PCRが陰性であった場合には一日以上あけて複数回検査を行っています。そして、胸部CTとRT-PCRの新型コロナウイルス感染症の陽性率を比較しました。
結果です。51人の患者さんが対象に研究は行われました。症状が出てから、初回CTまで平均3日間(±3日)、初回RT-PCRまで平均3日間(±3日)なので、今回の研究では非常に発症早期の患者を対象にしていそうです。患者さんの重症度に関しては記載がないので、今回の研究では分かりません。
RT-PCRの陽性陽性率ですが、初回で陽性になったのは、たったの70%でした。初回検査まで平均3日であることを考えると、発症3日目で陽性率は70%ということです。全体の90%の患者がRT-PCRが陽性になるまでに5日間を要することになりました。
一方、胸部CTでは発症から3日で98%の症例でウイルス性肺炎を疑う所見を示しています。ウイルス性肺炎の所見を示す症例では72%は新型コロナウイルス感染症に典型的な所見を示していました。
こちらがこの論文で典型的とされているCT所見です。末梢性のすりガラス陰影が両肺野に認められます。
こちらが非典型例の所見です。中心性にすりガラス陰影が認められます。
もう一例、非典型的所見を紹介します。こちらは31歳男性で1日目の発熱と咳嗽の患者です。非常に小さな所見なのは発症超早期だからでしょうか?
今回のまとめ:疑わしい症例には胸部CTを撮影してみよう
今回のまとめですが、まず発熱を訴えてきた患者が来院した場合、普通に鑑別診断を行います。インフルエンザや中耳炎、扁桃腺炎、細菌性肺炎などの可能性があります。
それらが否定出来たところで、今回の症例のように流行している地域への渡航歴や感染している患者との濃厚接触歴がなかったとしても、状況や医者としての直感から新型コロナウイルスを疑う場合があると思います。
その場合には、胸部CTでウイルス性肺炎像を探すのが良いと思います。
今回紹介した論文では、「新型コロナウイルス肺炎に特徴的な肺炎画像」を紹介してきましたが、まだ学会で広く認められている所見ではないです(認められる頃には、収束していると思いますが)。
このため、現時点では新型コロナウイルス感染症の患者は「すりガラス陰影を呈す肺炎」と画像上は分類されることになります。そこで、CT上で「すりガラス陰影を呈する肺炎」の鑑別を行います。「すりガラス陰影を呈する肺炎」ですが、気管支肺炎、他のウイルス性肺炎、カリニ肺炎、マイコプラズマ、レジオネラ肺炎などが他の鑑別に上がります。
次に入院が必要でしたら、各種抗体検査やウイルス性肺炎のPCRと、それに加えて新型コロナウイルスのPCRを保健所にお願いするのが良いと思います。
軽症であった場合には、状況により抗生剤等処方の上、外来で様子観察で良いと思います。わざわざ保健所にPCRをお願いしなくても良いでしょう。
フォローは迷いますが、3日後にマスク着用の上、外来で再評価するか、電話でフォローして発熱や呼吸苦が継続している時のみ、受診してもらうこととしても構わないと思います。
一方、発症から3日以上経過し、胸部CTですりガラス陰影がない場合、今までの研究結果をまとめると、新型コロナウイルスは否定して良さそうです。発熱がない症例でも、新型コロナウイルスは胸部CTでウイルス性肺炎を示す所見があることが分かっています。このような症例では、上気道炎として通常通り外来フォローで良いと思います。
今回の講義では、「明らかな感染経路がないけれど、新型コロナウイルス感染症を疑った時にどうすればよいか」考えていきました。
RT-PCRがすぐに利用できず、感染症指定医療機関に余力がない状況下では、一般の医療機関も新型コロナウイルス感染症を疑った場合でも、いつも通り鑑別診断を行っていく必要があります。
発症早期で軽症でも新型コロナウイルス感染症では胸部CTで特徴的なすりガラス陰影を呈することが報告されてきました。
今後の診療で、「感染源は分からないけど、新型コロナウイルス感染症の可能性もあるな」と疑った時には、胸部CTでスクリーニングすることを考えても良いと思います。
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