今回は臨床でよく見かける前壁梗塞について講義します。それでは一つ一つやっていきましょう。
前壁梗塞の心電図所見とは?
症例1:71歳男性 胸部圧迫感
あなたが当直している救急外来に71歳の男性が2時間前からの胸部圧迫感を訴えて来院されました。来院時の心電図を示します。どんな変化がみられるでしょうか?
どの誘導でSTが上昇しているのか分かりましたか?では、少し分かりやすくしてみましょう。
よく見ると、前胸部誘導V1~4でST上昇がみられそうです。基本的な事項ですが、この誘導は心臓のどこの領域を示すのでしょうか?
前胸部誘導と心臓の位置の関係
前胸部誘導のイメージですが、心臓を輪切りにして水平方向から心臓を見ていると考えてください。では、この症例はどこの領域が障害されているのでしょうか?
図で考えると簡単ですね。V1~4でST上昇がみられる場合、前壁中隔梗塞になります。この患者さんで障害されている前壁をを栄養しているのは、どの血管でしょうか?
前壁中隔を栄養している血管と重要な枝
ピンクの矢印が示すように左主管部から分岐した左前下行枝が前壁と中隔を栄養しています。この左前下行枝には覚えておいてほしい重要な枝が2つあります。
まずは左前下行枝が左回旋枝から分岐して後、すぐに出る第一中隔枝という血管です。心室中隔の基部を栄養する血管です。この血管が虚血になると特徴的な心電図所見を呈します。もう一つの重要な血管は、もう少し末梢にある第一対角枝です。この血管は側壁梗塞の回で出てきたと思います。前壁から側壁を栄養する重要な血管なので、こちらも覚えておいてください。では、この症例ではどの部位が閉塞していたのでしょうか?
症例の経過
この患者さんはすぐに緊急冠動脈造影検査を受けて、図の赤い部分である左前下行枝に分岐した直後が閉塞していました。
心電図所見のみによる前壁梗塞の分類
今回の症例のように心電図所見によって、前壁のどの部位が障害されているのか予想できる場合があります。ある程度パターン化しているので、以下に示しておきます。
まず、V1~2 でST上昇がみられた場合には、中隔梗塞と呼ばれます。
V1~4でST上昇がみられると、今回の症例のように前壁中隔梗塞を疑います。
次はV2~5でST上昇がみられた場合は前壁梗塞と呼びます。V1でST上昇がみられると中隔が付くんですね。
ST上昇がV3~6とⅠ,aVLにもみられた場合には、前壁側壁梗塞と呼びます。
最後にST上昇がV1~6,Ⅰ、aVLでみれれた場合には、前壁中隔側壁梗塞と呼ばれます。
第一中隔枝より中枢で血管が閉塞した場合
症例2:73歳男性 胸痛
夜間の救急外来に73歳男性が胸痛を訴えて来院されました。以下に初療時の心電図を示します。
どうでしょうか?少し分かりにくいですね。ST上昇がみられている部位を強調してみます。
aVRとV1~2でST上昇がみられます。とはいっても、まだ分かりにくいですよね。理由は右脚ブロックを合併しているからなのです。この右脚ブロックが合併した心筋梗塞の心電図は、以前に詳しくやっているので、解説はそちらを見てください。
症例の経過
この患者さんは、緊急冠動脈造影検査を受けて、左前下行枝と左回旋枝に分岐する直前の左主管部で閉塞しておりました。左主管部で閉塞していたため、末梢の枝である第一中隔枝の虚血を示す変化が出ていたのですね。第一中隔枝は心室中隔の基部を栄養しています。この部位をHis束から出た右脚や左脚が通ります。このため、右脚ブロックが合併します。第一中隔枝より中枢で閉塞した場合の心電図変化は、①aVR、V1のST上昇 ②完全右脚ブロック ③V5とⅢ、aVLでST低下です。必ずしもすべてを満たすことはないですが、上記の変化がみられる心電図は第一中隔枝より中枢の閉塞を積極的に疑ってください。
第一対角枝より中枢で閉塞した場合
症例3: 79歳女性 胸部絞扼感
今度は79歳女性が3時間前からの胸部絞扼感を訴えて、救急外来に来院しました。来院時の心電図を示します。
どうでしょうか?どの誘導でST変化がみられますか?
まず、V2~6の前胸部誘導でST上昇がみられます。他の誘導はどうでしょうか?
Ⅰ、aVLでもST上昇がみられます。この心電図は前胸部誘導に加えて、側壁の誘導でもST上昇がみられます。以上の心電図変化より、前壁側壁梗塞と呼んで良いですね。
症例の経過
この患者さんは緊急冠動脈造影検査を受けて、図の赤い部分に閉塞があることが分かりました。この部位から第一対角枝が分岐するため、第一対角枝の領域が虚血変化を起こしたのですね。この患者さんの診断は前壁側壁梗塞です。この心電図は側壁梗塞の回でも取りあげました。左前下行枝の枝が閉塞しても側壁梗塞を起こします。他の側壁梗塞のパターンも紹介しているので、復習してみてください。
今回の講義はどうだったでしょうか?前壁梗塞の心電図もパターンに分かれるので、閉塞している血管の位置とST変化のパターンを覚えておいてください。
また、Youtubeに講義を載せているので、お時間がある方は参照してみてください。
コメント
とてもわかりやすく勉強になります。
何番の冠動脈がつまってるからこういう心電図になるという教科書や参考書があまりなくとても助かります。
質問なのですが、症例1の男性。冠動脈#6の閉塞をみとめたため前壁中隔の心筋梗塞と診断されています。6番の冠動脈ですが中枢側にあり、#6が閉塞したら第一中隔枝の方まで血液がながれず前壁側壁梗塞を起こしそうなのですが、どうなのでしょうか。
絶対はないと思いますが中枢側がつまっていればそれ以降の末梢側にも血液が流れないわけですから側壁も起こりそうだな・・・と思ったのですが、この患者さんが側壁梗塞は起こしてないだけなのでしょうか。
お忙しいとは思いますが、ご返信頂けると大変ありがたいです。宜しくお願い致します。
nyaoさん
鋭い質問ありがとうございます。
側壁は前下行枝から主に栄養されている場合と、左回旋枝から主に栄養されている場合があります。
この患者さんは側壁は主に左回旋枝から栄養されていたので、前下行枝が閉塞しても左回旋枝から血行があったため、側壁は虚血になってませんでした。
同じことは良くあって、例えば後壁も主に左回旋枝によって栄養されている場合と、主に右冠動脈によって栄養されている場合があるのでしたね。
どの血管が側壁や後壁を栄養しているのかは、患者さんそれぞれで異なってきます。
実際の臨床は教科書に書いてあるように、いつも典型的な変化を起こすとは限らないんです。
そこが臨床の難しいところであり、面白いところでもあり、、、
なので、救急外来で心筋梗塞の心電図を見た後に、実際のカテーテル検査でどこが詰まっていたのか答え合わせをするのが好きだったりします。